「開発虎ノ門コンサルタント株式会社」は、1963年(昭和38年)の設立以来47年目を迎えました。会社の前身である「社団法人 日本開発技術協会」は、1953年(昭和28年)に設立され、当時としては極めて稀な土木技術に関するコンサルタント業を行っていました。当初は県や大企業の発電水力に関連する調査設計を行っていましたが、徐々にプラント設計や農業用水の調査設計、建設省の道路、ダム設計等と分野を拡げていきました。
1957年(昭和32年)には技術士法の制定により、所官庁からの受注が増えるに至り、1963年(昭和38年)には社団法人から株式会社に変更し、社名も「日本開発技術コンサルタント株式会社」とし、建設コンサルタント登録(第77号)を行いました。
また、翌年(昭和39年(1964年))には「開発コンサルタント株式会社」と改称して2007年(平成19年)までの間事業を推進してきました。この間、水資源の開発業務から、社会ニーズの変化に敏感に対応し、広範囲なインフラ整備事業となる道路整備関係に軸足を移し、特に昭和40年代から高速道路事業や建設省の国道防災事業を主とする方向に業務がシフトも致しました。
その後、当時の日本道路公団での高速道路建設の施工管理業務も徐々に台頭し、近年では当社の大きな事業部門となっています。また、1985年(昭和60年)からの調査設計業務で、橋梁構造設計分野において「PC斜張橋の開発コンサルタント」、「免震橋梁の開発コンサルタント」と多くの称賛をいただきました。(作品集参照)
近年では公共事業の縮減により、新規の大型社会資本整備が減少して行く中、会社基盤強化の観点から2007年(平成19年)の2月に、株式会社虎ノ門コンサルタンツの事業譲渡を受け、社名も「開発虎ノ門コンサルタント株式会社」と変更し、3年目を迎えております。
設立当初は資本金500万円で、東京の新宿に事務所を構え、社員数は6名という規模の小さな会社でしたが、2009年(平成21年)4月1日現在、社員数146名、資本金4,000万円、売上高19.4億円の規模の会社に成長いたしました。
業務内容も橋梁等構造物の設計や道路設計、橋梁点検、補修・補強設計、河川・水工関連設計、各種施工管理、各種アセットマネジメントシステム構築等々多岐に渡っておりまして、クライアントの皆様方に喜ばれる良い成果を提供する会社を目指し、「事業はサービス業」との認識で社員一丸となって日々邁進しております。
現在の社章は、平成9年6月に本社家屋の移転に併せ、イメージアップを目的に変更いたしました。デザインは、全社員から応募し全社員の多数決で決定致しました。
コンセプトは、ローマ字でKAIHATUと示し、KをメインにA・I・H・Tを全体的に配置している。全体のトーンは、「信頼のおける会社」をターコイズブルーでイメージしました。
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| ~1997年(平成9年)5月 | 1997年(平成9年)6月~ |
| 1953年(昭和28年) | 会社の前身である「社団法人日本開発技術協会」が発足し、海外の水力発電設備の調査設計に着手 。 |
|---|---|
| 1963年(昭和38年) | 同協会を母体に「日本開発技術コンサルタント株式会社」を設立。 |
| 1964年(昭和39年) | 社名を「開発コンサルタント株式会社」 に改称する。 |
| 1967年(昭和42年) | 建設省の国道8号線道路防災工の設計を始め、同時に東名高速道路の御殿場にて施工管理業務を開始。 |
| 1969年(昭和44年) | 首都高速道路公団より鋼構造の橋梁設計を始め、高速道路のインターチェンジの設計を手がける。 |
| 1974年(昭和49年) | JHの北海道地区の高速道路網の交通量解析を始め、本格的交通計画部門をスタートする。 |
| 1979年(昭和54年) | 都営地下鉄10号線の交通振動・騒音等の環境影響予測を始め、環境部門の充実を図る。 |
| 1980年(昭和55年) | 一般国道 156号の道路改築事業に対して初の全建賞を受賞。 |
| 1981年(昭和56年) | 駅前再開発事業にも参入し、JR津田沼駅前等の設計を受託。 |
| 1982年(昭和57年) | 研究開発及び調査解析部門の増強を図ると同時に建設省や首都高速道路公団の施工管理業務にも参入する。 |
| 1983年(昭和58年) | 阪神高速道路公団より橋梁構造の設計を受託し、粘性せん断型の反力分散構造を実践する。 |
| 1985年(昭和60年) | 青森ベイブリッジ(3径間連 続PC斜張橋)や笹笛大橋(4連続鋼斜張橋)の設計を受託し、長大橋梁の設計分野を確立する。 |
| 1987年(昭和62年) | 地域の長期総合開発計画業務を受託し、地域の長期展望の作成を行なう計画部門の強化を図る。 |
| 1989年(平成元年) | わが国初の免震橋梁である宮川橋 の設計を受託し、1991年の竣工まで実験や解析を行い、免震設計の基本を作る。 |
| 1991年(平成3年) | 一級建築士事務所を設立し、公的庁舎や各種施設の設計を始める。また、 八戸シーガルブリッジ の設計にも着手し、以後施工管理までの諸業務を行う。 |
| 1992年(平成4年) | 超多径間連続免震橋梁となる大仁高架橋の設計を始める。以後この橋梁が竣工する 1998年まで施工管理を含めた諸実験や解析等に携わる。 |
| 1993年(平成5年) | 本格的な環境アセスメント業務に取り組む。(千代田石岡バイパス等)また、高速道路の年間での渋滞個所の予測等を含む交通対策便覧の作成なども手がける。 |
| 1997年(平成9年) | 本社を上野より現在地である大塚に移転すると同時に大阪に技術者を配置し支店化、社章を変えて会社のイメージアップを図る。大阪では電線共同溝の計画と設計を重点に活動。 |
| 1998年(平成10年) | プロポーザルにて建設CALS実験業務を受託し、CALS/ECへの対応力を強化 。 ETCに対応した業務を受託し、新しい交通システムへの対応も行なう。 |
| 1999年(平成11年) | 本社のコンサルタント事業についてISO9001の認証取得。 福岡より北九州市に支店を移転し、九州支店と改称する。 |
| 2000年(平成12年) | ISO9001を全社に展開し、ISO14000のシステムの試行に入る。インフラ・アセットマネジメントシステムに関する研究開始。 |
| 2001年(平成13年) | ISO9001/2000年版で全社的に稼動する。 |
| 2002年(平成14年) | 舗装マネジメントシステム(PMS)を受注、 当社が開発したアセットマネジメントシステムが市場で実用化する。 |
| 2003年(平成15年) | 中央環状王子線建設工事に対して全建賞を受賞。 |
| 2004年(平成16年) | 新潟県中越地震を始め災害復旧と防災活動に対して全力に取り組む。 |
| 2005年(平成17年) | 一般国道475号 東海環状自動車道建設工事に対して全建賞を受賞。 平成16年度 慈観地区砂防施設設計業務委託で国土交通省関東地方整備局日光砂防事務所長表彰を受賞。 |
| 2006年(平成18年) | 平成17年度大阪国道事務所管内騒音調査業務で国土交通省近畿地方整備局大阪国道事務所長表彰を受賞。 株式会社虎ノ門コンサルタンツより事業譲渡を受けて事業拡充を図り、開発コンサルタント株式会社から開発虎ノ門コンサルタントへ社名を変更。 |
| 2007年(平成19年) | 生産部門を東日本設計事業部、西日本設計事業部、建設管理事業部、社会システム事業部に分割し、生産性の向上を図る。 平成18年度第二東名高速道路清水西工事区施工管理業務(その1)で中日本高速道路株式会社横浜支社より表彰を受賞。 |
| 2008年(平成20年) | ブリッジマネジメントシステム(BMS)に関する調査・設計・研究業務の拡大を図る。 当社と測量会社十数社で橋梁点検研究フォーラムを組織し、橋梁点検技術に関する調査研究業務の展開を図る。 |
| 2009年(平成21年) | 舗装路面IRI測定車を開発し、低コストで路面供用性調査の提供を開始するとともに、IRIの舗装マネジメントシステムへの適用検討を開始する。 ゲリラ豪雨対策として雨水地下貯留施設計画の研究成果が実用段階に入る。 |
| 2010年(平成22年) | ISO9001/2008年版で全社的に稼動する。 |